Archive for 3 月, 2009

友人ジェイソンの誕生パーティーがあるので、上海NO1のオシャレな町、
新天地のライブハウス『ブラウンシュガー』へと繰り出した。

黒人歌手が、スティービーワンダーのモノマネや、ホール&オーツのカバーを歌い、
最後はジェイソンへのバースディソングを熱唱し盛り上がった。

帰りに料金を払おうとしたが、なんと無料!
誰が払ってくれたのだろう?

珈琲店の店長は、珈琲の品種の違い、焙煎や粉砕の違いは、
わかる様だが、水の硬度の違いは何度言っても理解してもらえない。

埒が明かないので、まだ朱色の状態の珈琲の木の実をわけて貰い、
自宅へと持ち帰えり、自分好みに乾燥・焙煎し、贅沢に粗挽き・・・
水もボルビックとエビアンと上海産の水を混ぜ合わせ130ppmの硬度にし、
至福のひと時を味わった。

少年の頃の10年間、珈琲専門店の2階に住んでいた事もあり、
門前の小僧と化し、知らぬ間に『珈琲界のソムリエ田崎真也』と
呼ばれるようになっていた。

そんな理由で上海でも毎日の珈琲は欠かさない。
行き着けの珈琲店は、『上島珈琲(UBC珈琲)』と言う店。
『上島珈琲(UCC珈琲)』なら聞き覚えある人も多いだろうが、
中国ではあまり気にしないことにしている。

当然注文するのは、最上級のアラビカ種。
しかし、どうも味がおかしい。
カフェインの苦味、タンニンの渋さに問題ないのだが、重厚感が足りない。

店の名前が偽物かどうかは気にしないが、珈琲の品種だけは許せない。
店長を呼出し『この珈琲はリベリカ種だろ!』と注意。
それから約2時間、珈琲豆の乾燥・焙煎・挽き方・水について、
延々と説教してあげた。

飯田橋オフィスから徒歩3分くらいの場所に、不動産の競売物件が出た。

沢山の有識者の方々のご意見を聞き、購入することを決定。

現金を用意し、いざ入札に行こうとしたまさにその時・・・・歴史は動かなかった。

某大手不動産会社の方から、『取り下げられたのではないか?』との電話が入り、

慌てて裁判所に確認したが、やはり『取り下げ』とのこと。

突発的な衝動に襲われ、無性に何かを壊したくなったが、

『もっと有利な物件が出るだろうから、焦らず待とう』と自分に言い聞かせ、

東京を後にし、次の滞在先、上海に向かった。

水曜日担当の川崎です。

お互いに、面倒なことはついつい

”誰かがやってくれるだろう”と考えがちである。

確かに誰かがやってくれれば

それでよいのだけれど、

誰もがそう考えていたのでは、

事態の改善は一向に進まない。

特に閉塞感が漂う、今の時代こそ、

”誰かが”ではなく、

”まず自分が”という生き方を心がけたい。

四国八十八箇所の巡礼をする『お遍路さん』に因んで、
日本全国、47都道府県全てに出向き、各地の有名コースでゴルフした後、
宵の口からその地の郷土料理を堪能し、場末のスナックで歌う・・・
これを『ゴルフお遍路』と名付け、12年前からコツコツと実践し、残すは
青森・秋田・岩手・山形・徳島・愛媛・島根・熊本の8県だけとなっていた。

週末、徳島県に行くチャンスが巡ってきたので、ついでに徳島で一番と
言われている『サンピア』と、ジャンボ尾崎が造った『Jクラシック』で、
プレーすることとなった。

サンピアのクラブハウスは、有名画家の絵・版画・象牙で作った帆船の置物・
貝細工の巨大な壷・化石などが沢山展示され、
庭には様々な巨大オブジェがあり、まさに美術館のようであった。

両コースとも、難易度が高く、『ゴルフお遍路』を達成したら、再度チャレンジしたい
コースとして、リストに載せておくことにした。

場末のスナックは栄町の『佐和子』と言う店に行ったが、
マスターが元バンドマンで、歌に合わせてギターを弾いてくれ、
店の女性はみんな愛想が良く、料金も5千円。
ここもまた行きたいスナックとして、秘密のリストの載せておいた。

某大手不動産会社の方から、『横浜に良い物件があるので見に行こう』と
お誘いをうけ、渋谷から東横線に乗り込んだ。

とりあえず昼食を食べることになり、まずは中華街でバイキング。
良い天気なので、山下公園で食後の散歩。
氷川丸にも乗船し中を散策。

遊んでばかりいられないので、目的地の横浜駅へ向かうのだが、
折角なのでタクシーではなく、遊覧船シーバスで行くことになった。
山下公園より赤レンガ倉庫・みなとみらい・横浜駅と
ひと時の船旅を満喫した。